2006年05月14日

今日は母の日

今日はうってかわって良いお天気。外出している人も多いみたいですね。

郵便局に用事があったのですが、途中の川沿いのお散歩コースには、たくさんの人がワンちゃんのお散歩したり、ジョギングしたり、川沿いに座っておしゃべりしたりしている人がたくさんおられました。

それを眺めながら郵便局の帰りに買い物へ。買い物に行くと、母の日ということで、セールが。

そうだ、今日母の日だったんだ・・・

思ったより安く買い物をしてポイントもつけてもらって(まぁ庶民的(^^;))・・・

「カーネーション買って帰ろうかな」

帰りにどこかのお花屋さんで買おうかなぁと店を出ると、少し歩いたところに、母の日用のミニアレンジのお花が並んでいました。ちょうど大きさも値段も手ごろな可愛らしいものがあったので、それに決めました。よく売れてるようでした☆彡

かわいいアレンジが買えてウキウキ帰宅。

入り口でメールボックスをチェックすると、小学校時代に行っていた塾が、塾とは別にいろんな講座を開くというチラシが。市内ではないのに、チラシが入るんだ〜とびっくりしつつ、懐かしくなりました。講師として出ている先生の名前は、当時私が習っていた先生のもの。

「まだ、あそこで教えておられるんだ〜。懐かしいなぁ」

部屋へつくと、早速お花を供えました。考えてみたら、生きていたとき生花を送ったことは何度かありましたが、アレンジを送ったことはなかったなぁと。

まぁ、母はお花を飾るのが好きで、特にカサブランカが好きでした。庭にもカサブランカ、ボタン、テッセン、ミニバラ、ベルフラワーなどいろいろありましたし、結構生花はたえずあったので、あえて私がアレンジを買う余地がなく、あえてカーネーションを買うということがあるにはあったんですけどね☆

声に出して「ありがとう」とは言ってはもらえませんが

「ちょこちょこと色々やってるのね」

と大きな意味で、親として微笑ましくみてくれてるんじゃないかと勝手に思ってるんですが・・・。(そうだとうれしいなって)

人の死とは、魂のふるさとへ帰っていくこと・・・だから、現世では悲しいけど、魂としては消えるわけではないし、現世での修行を終えて「帰ること」は悲しいことではない・・・。

また、亡くなってからも「大きな意味」で導いてくれる。何か大変なこと、辛いことがあっても、それは魂の成長のために必要な苦難だと思って導かれている・・・。これがよく言う「神は乗り越えられない壁は人に与えない」なんて考えに通じるのでしょうか・・・。

母はまだまだもう一花待っている年齢で亡くなりました。なぜ亡くならなければならなかったのか分からないし、もしかして私のせいではないかとも思っています。そんな私に最近ヒントと救いを与えてくれた言葉ではありますが、それでも、私はこの言葉をそのまま受けとめて、悟りを開いた聖人君子のようにはとても生きていけません。

母には亡くなる前、お迎えが来ていました。幻覚といわれたらそれまでですが、祖母(母の母親)が来ていました。そして、食事がほとんど取れない母に、食事を出してくれ、母はおいしそうに食べていました。(見ているほうはものすごく辛いのですが)

この話をばかばかしいと思う人もいるでしょう。私自身、神を信じているかといわれると、完全に信じてはいません。私の「神」に対する考えは、「神が宿っている」また「神がおられる」と教えることで、人々にいろんな意味で謙虚の心、見えないものを想像し敬う心を教えようとした先人の知恵のようなものだと思っています。

でも身内の死に直面し、その後の色々な不思議な体験をすると、全く無になるということも違うのではと思っています。

単に私がそう思って安心したいだけなのかもしれませんが、亡くなったあと母は私の肩をたたいて呼んでくれました。

その後も、母のこととは別に、不思議な体験をたくさんしました。働いていた先で不思議なものもたくさんみました。

私は霊感があるかないかといえば、ないと思います。逆に母はあったと思います。祖母もありました。でも、人にバイオリズムがあるように、こういう「感受性」にも、波があるのではないかと思っています。

子供の頃から、私には誰にも理解されない悩みというか、人生の疑問があり、考えてきました。今でもそれは変わりません。母の死も含め、今までの考えにまた違う道筋というか、考え方を入れなければならない出来事が最近起こり、考え方も変わっていっています。

これが良いように変わっているのかそうでないかは、身近な人がいない私には分かりません。でも、ひょっとして、幼児の頃から悩んできた考えの一部に何かの答えとはいかないまでも、転換期になりそうです。

分かれば分かるほど、私は特別意識などではなくて、普通の人とやっぱり感性が違うんだなということが露呈してきて怖いのですが、この転換をちょっと突き進んでみようかなと思っています。もし決定的に間違っていれば何か障害が起きるでしょうし、引き返せばいいんですよね。

 

なんか母の日にダラダラワケの分からない話をブログにかいてしまいました。

やっぱり何かにつけて、母のことを思い出して、胸が締め付けられるんです・・・。

posted by 紫苑 at 17:07| Comment(3) | 日記
この記事へのコメント
最後まで読ましてもらいました^^;
確かに転換期ってのは誰にでもあると思うし理解されないだろうなって悩みもあります。
けど、それを一人の考えだけでなかなか答えを出すのは難しいと思います。
けど、たくさんの人と話していろんな答えを聞いていく内に何か見えてくるかもしれませんよ!!
最近になっていろんな年齢層の人と話したりするようになりすごく勉強になる事があります。
それは生活の事、考え方や感性など様々ですけど紫苑さんもいい答えが見つかるといいですねwwそれに間違ってたらいつでも引き返せますよ!!
Posted by ペンタ at 2006年05月18日 02:45
ペンタさん、コメントありがとうございます。
正直最後まで読んでいただいたということをお聞きし、読み返すと、ちょっと恥ずかしかったりもしています(^^;)

ペンタさんのコメントに、すごくうなずかされました。本当にその通りですね。

いろんな年齢層の人や、自分と全く違う世界の人と話をすることは、すごく大事だとは思います。視点が変われば、見方も全く違いますもんね。

ただ、実際となると、なかなかそういった方々とお話するチャンスがなくて。そういう中で、こうしてブログやHPなど、ネットでの会話は貴重な機会のひとつだなぁと思っています。

一人で答えを出そうとしなくてもいい・・・これからは、実際の人との会話の時、今までと違う視点で見てみようとも思いました。

間違っていたらいつでも引き返せる・・・ペンタさんに背中を押してもらえたような気持ちです。

ホントにありがとうございます♪
Posted by 紫苑 at 2006年05月18日 03:14
あたしは先月に母を亡くしました。あれからずっとずっと苦しくてつらいです。普通に生活して行く自分もなんか嫌で。でも、普通に生活して行かないといけないし。子供もいるし。  生きてく事は遥かにつらくて人生長いですね。人生をまっとうしたら母に逢えるのかな?って。でも今もずっと逢いたい気持ちは変わりません。胸が痛いです。こんな話ですいません。この苦しみはなった人ではないと絶対に分からないと思って。。
Posted by アキ at 2006年12月24日 01:09
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